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2006年08月08日

クリーン忍術心得帖パート2 発刊によせて

クリーン忍術心得帖パート2 発刊によせて
文章:豊田紡織相談役 大野耐一(昭和60年)

 思えばちょうど一年ほど前になるでしょうか。全国ドライ新聞社の方と、数人のクリーニング業者の方が私どものところに来られたのですが、その時に、クリーニングにトヨタ生産方式の考え方をとり入れて業績を良くしていると聞き、少々驚きました。これまでにもトヨタ生産方式は、いろいろな業界で導入され、成果を上げているのですが、サービス業、しかもクリーニングというのは初耳で、思いもよらない業種だったからです。

 さらにもうひとつ驚いたのは、普通こういうことをやるというと、大抵なら「同業者には、ひとつ内緒にしてほしい」ということになるのですが、クリーニング業の皆さん方は、同業者同士で一所懸命に勉強し、お互いに業蹟を上げようと努力されているんですね。これはもう、こんなことは今までなかったので、私も「クリーニングとは面白い」業種だな、クリーンと付くだけのことはあるな」と思ったのでした。

 またその時には、本書の前作にあたる「クリーン忍術心得帖」の原稿も見せていただいたのですが、「忍術心得帖」とはなかなかうまい名前を付けたものだと感心しました。

 というのは、私自身も忍術に非常に興味を持っておりまして、もう二十年ほど前から「算術経営ではだめだ、忍術経営でなくてはいけない」と、ことあるごとに言っておるんです。

 この「忍術」というのは、本来これほど科学的なものはないのではないかと、私は思っています。

 ただ、理屈はとても簡単なのですが、実際にそれを行なおうとすると、ものすごく厳しい鍛錬を積まねばなりません。「忍術」の「術」という字をよく見ていただくと分るのですが、「行なう」という字の中に、「求める」という字が入っています。ですから「術」とは、ただ実行が要求されておるのであって、理屈や議論ではない、やってみるということが一番大切なのだという意味ではないかと思うのです。

 トヨタ生産方式の物の見方、考え方というのは「脱常識」といって、一度常識の枠を外して物事を見なさい、あるいはやりなさいということなのですが、これがなかなか理解されない。というのは、あまりに常識にとらわれているため、「そんな常識に反することは無理だ」といって、聞き入れようとしないからです。しかし、やれるかやれないか、そんなことを議論したところで、ひと月たってもふた月たっても答など出るはずがないのです。

 ですから、まずやるということが要求されておるんだと、やってみなければ何もわからんぞという意味で、この「術」という字は非常に大切なわけです。もちろんやってみてからいろいろ議論するのは大切なことですが、やる前に議論するというのは、その時間だけ損をしているというぐらいに考えて、実行してもらうと良いのではないかと思います。

 また「術」と同様に文字ということでいいますと、「行なう」という字にも考えさせられるものがあります。というのは、普通に読めば、単に「実行する」とか「行動する」というように解釈できますが、さらに厳しくなると、「ギョウ」-修行の「行」というふうに読みます。ですから忍術もトヨタ生産方式も、「行」をするぐらいの厳しい鍛練が必要だと考えています。

 ところで、外国の古いことわざに「パイは小人数で分けるほど、分け前が多くなる」というものがありました。これがどこでどうなったのか、昭和三十年代ごろより日本では「パイを大きくすれば、分け前は多くなる」、つまり「大きいことはいいことだ」というように言いかえる、あるいは考える経営者が多くなりました。

 ところが最近のように、科学技術の進歩で生産性が高くなり、需要に対して供給能力が大きくなってくると、もう以前のように、パイを大きくすることはできなくなってきました。

 そのあげく、一所懸命に企業努力をしても、同業者同士で命がけの競争をして、結果的にはあまりもうからないようなことになってきました。

 ですからこれからは、パイの大きさで狙うというのではなく、もう、パイの大きさは決められたものなんだと考え、その中でどうやって手がたくもうけていくかということを、やってゆくかが大切なことではないでしょうか。

 その点、クリーニング業の皆さんは、同業者同士で、もうパイは大きくならないという前提で「トヨタ生産方式」に取り組まれています。どこの業界もがこのように考えてくれたら、もっと全体が良くなるのではないかと私は考えています。ですから、クリーニング業の皆さんには、他の業種の先鞭をつけてもらえたら艮いのではないかと思います。

 さいわい皆さんには「トヨタ生産方式」の手引書である、前作の「クリーン忍術心得帖」に引き続き、現場の人にもさらにわかりやすく解説していただいた本書が、今回出版されることになりました。どうか本書をお読みになられたら、だまされたと思って、ぜひ実行していただきたいと思います。

 前作同様に、本書がクリーニング業に有益な役割を果たすことを、心から望みます。


昭和六十年十月
元、トヨタ自動車工業副社長
現、豊田紡織株式会社相談役

大野耐一


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