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2006年08月06日
vol.14「業者の看板」
洗い放談
「業者の看板」
マチを歩くと、マチじゅうが黄疸にでもかかったように、黄色を使った看板がやたらと多い。これは黄色が遠いものを近く、小さいものを大きく見せるという効果があるからである。看板が人の注意をひくことを目的としている以上、これもやむをえぬことである。
クリーニング屋の看板はどこへ行っても、ちっぽけで色彩的にもめだたない。それでいて案外と金をかけている。
江戸時代には小さな商家はあまり大きな看板を出さなかった。やはり身分関係がおのずと看板になったものらしい。クリーニング業者が「洗たく屋 町内じゅうの アカで食い」なんて川柳もどきに、今もって遠慮をしているのであろうか。
一九世紀以後の看板は、世界的に広告的要素と装飾的要素をもりこんで、こんにちに至っているといわれる。クリーニング業の看板は、多くがこのどちらから見ても失格である。
ところで、看板にはつぎのような種類がある。屋外用では店の軒下につる軒看板、ひさしの上にかかげる屋根看板、つき出し看板、店の前におく立て看板。屋内用では璧にかけるかけ看板、店内の装飾をかねる飾り看板、ほかにネオンがある。
この中で業者がいちばん金をかけているのは、軒看板である。社会的地位の向上がうんぬんされていながら、まだまだそこに卑屈なものがうかがわれる。なぜもっと堂々とかかげないのか。
それに色彩のセンスがよくない。クリーニング業が水を主たる原料にするとでもいうのか、案外に水色を使った看板が多い。だいたいこの水色は寒色系に属し、保温という衣料の役割に反している。
また色による好みの調査によると、男は青系統、女は赤系統を好むそうだ。クリーニングの対象が女客であることからすると、この点でも反発する。
水色は連想語として「落ちつき、涼しさ、さびしさ、忠実、深遠」とある。低料金だとか、シロートの攻勢だとか、なにかと近ごろ業界がバタバタしているので落ちつけ、落ちつけというのなら、この色を看板にしていつも見つめていることも無意義ではない。それだけに看板としての効果はないわけだ。
<教訓>自分の好みを人におしつけてはならない。
著作:全国ドライ新聞社
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